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ブログ - 悩み相談と心の対話の場所 | NPO法人東京メンタルヘルス・スクエア

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東京メンタルヘルス・スクエアblog

死の体験旅行

カテゴリ: 生命(いのち) 作成日:2018年08月06日(月)

死の体験旅行

人は死に行くとき、何を見て、何を思うのでしょうか。

 

死に行く道のりを疑似体験するワークショップが「死の体験旅行」です。

 

元々は終末期医療に携わる医師・看護師などのスタッフ向けに実施される、患者さんの立場や気持ちを理解するためのワークショップです。

今回、一般の人向けに実施されたワークショップに参加してきましたので、ご紹介します。

 

「死の体験旅行」では、旅行前の準備として、20枚の小さな紙にひとつづつ、自分にとって「大切なもの」の名前を書き込みます。

そして旅行が始まると、司会者が物語を静かに語ります。

 

「あなたは、体調が優れない日々が続いたある日、意を決して病院に行くことにしました‥‥」

 

物語を聞いているだけなのに、自分のことのように感じられて、思わず引き込まれます。

 

「‥‥会社を休んで、入院することになりました。手元にある紙を一枚選んで、ぐしゃぐしゃに丸めて床に捨ててください」

 

紙に書いただけとはいえ「大切なもの」を丸めて床に捨てる行為には胸が痛みます。

 

物語はゆっくりと、確実に、避けられない運命に向かって進みます。
その間、様々な感情が湧き上がります。
怒り、期待、悲しみ、申し訳なさ、感謝、諦め‥‥。


それらの感情を味わいながら、紙に書いた「大切なもの」をひとつ、またひとつ、捨ててていきます。

「大切なもの」の中にも、簡単に捨てられるもの、なかなか捨てられないものがあることに気づきます。

 

そうして迎えた最期の瞬間。
死ぬ瞬間の気持ちは、想像していたものとは少しだけ違いました。
一番最後まで手元に残った「大切なもの」も意外なもので、自分の選択に驚きました。

 

「死に行く道のりを疑似体験する」ことは、死への道のりを理解するだけではなく「何を大切にして生きるか」に思いを馳せる時間にもなりました。

 

もしあなたが、死の体験旅行に出かけたら。
何を見て、何を思うのでしょうか?

 

『生きてることが辛いなら』

カテゴリ: 生命(いのち) 作成日:2018年05月02日(水)

 

sora

 

 

3月の自殺対策強化月間中に、SNS相談をやったことは、すでに別のブログで報告しました。

 

今回は、その頃、あるいはその前後に、私自身が考えたりしたことを、ひとつ書いてみたいと思います。

 

「死にたい」となると、真っ先に浮かぶ歌は、森山直太朗さんの「生きてることが辛いなら」という歌です。

 

生きてることが辛いなら

いっそ小さく死ねばいい
恋人と親は悲しむが
3日と経てば元通り

 

こんな歌詞から始まる歌です。

 

今から10年前、2008年夏にシングルリリースされた曲です。


あいにく私はその当時はこの曲を知りませんでしたが、自殺を勧めているような内容にもとれるこの歌が、「過激すぎる」「どきっとした」などと賛否両論が巻き起こったようです。

 

この歌、作詞は直太朗さんの友人で、詩人の御徒町凧さんです。

 

もちろん、この曲は、自殺を勧めているわけではありません。
次のような歌詞でこの歌は終わります。

 

生きてることが辛いなら
くたばる喜びとっておけ

 

よかったら、この曲、まだの方はお聴きになってみてください。
私は聴いて、歌の力というものをとても実感しました。
感じ方は人それぞれかと思いますが、「生きてることがつらい」という言葉に感じるところがある方には、一聴をおすすめしたい曲です。

 

NPO法人 東京メンタルヘルス・スクエア 理事

SNSカウンセリング リーダー

新行内 勝善

 

 

喪失と再出発

カテゴリ: 生命(いのち) 作成日:2017年09月04日(月)

東京メンタルヘルス・スクエア
理事長 武藤 清榮

 

次男憲司郎が死んだ。死因ははっきり特定できないが、「心臓発作」と言われている。

今、解剖の結果を待っている。享年37歳。息子の人生は、太く、短く、そしてドラマチックだった。


私は夭逝(ようせい)たるを、息子で初めて体験した。子に先立たれることが、いかに不条理であるかを識った。

告別式の齋場の入り口には「故 武藤憲司郎」の垂幕が生々しく貼られていた。唖然として立ち尽し、これ以上の哀しみなどあるものか、と拳を握った。
棺(ひつぎ)の中には、送り人の手によって、穏やかに化粧を終えて旅立たんとする息子がいた。

妻が憲司郎を見るなり、両手で顔を抱き寄せひとつひとつ共有した経験を、まるで言い聞かせるかのように語り続けた。

憲司郎の嫁、友紀は、そっと口唇にキスをしてあげた。何という幸福な息子だろう。

みんなに惜しまれ、愛されて、亡くなったのだ。棺の中には、憲司郎が好きだった黄色いズック靴が入れられていた。

それは、憲司郎の顔の横に置かれ、実に嬉しそうだった。


妻の発案で「チームムトウ」が結成された。「憲司郎もメンバーだね!」長男の収が言った。

「あいよ!」私は出遅れたその勢いで、そう応えた。
妻は「きちんと送ってあげなければね」という言葉を何度も口にした。

 

しかし、その言葉の心は「送りたくなどない!」「一緒にいたい!」「だって家族でしょう!」という意味であることはすぐに理解できた。
『さようならのない別れ』『別れのないさようなら』今は、そんな心境なのである。
この哀しみの果てに何があるだろう。


しばらくは、「時薬(ときぐすり)」を服用し、喪失に震えながら少しずつ気もちを折りたたむことを心掛けよう。

新たな再出発はそれからにしようと思う。

武藤 清榮